ようこそ、富里キリスト教会の公式ホームページへ

見よ、私は世の終わりまで共にいる (マタイ28:16~20)

メッセージ

2013年4月7日富里キリスト教会

「見よ、わたしは世の終わりまで共にいる。」
(マタイによる福音書28:16~20)

1.世の終わりまで

明治時代に日本に伝道した一人のアメリカ人宣教師が、「福音新報」という雑誌にこう述べたていたという記事がありました。「日本人は、災難などに遭遇してもこれを苦にしない国民である。同じように、罪悪をも苦にしない国民性である。日本人は、罪について大いに嘆き苦しむということはない。日本人にとって神とは、家の守り神とか村はずれのお地蔵さんのような親しみやすい神であり、人間にとって益となる神様である。畏れ敬う畏敬の神と言った唯一の神ではない。このような国民にとって、徹底的な罪の悔い改めとか、最後の審判と言ったものをもってキリスト教に回心させるのは、難しいのではないだろうか。」と。

しかし、今回の3・11の大地震、大津波によって、多くの日本人も世の終わりがあるのではないだろうか、そして、その時に自分たちは生き延びれるだろうか、という不安を抱いたのではないかと思います。日本人にとって、来世は何かに生まれ変わると言った輪廻の世界です。ですから、世界には初めがあり終わりがあり、審判があるといった考え方は、日本人の心情にはなじまないのではないかと思います。しかし、聖書には、はっきりと世の終わりがあることを記しております。

同じマタイ24:4節から読んでみましょう。「民は民に、国は国に対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。しかし、これはすべて産みの苦しみの始まりである。そのとき、あなたがたは苦しみを受け、殺される。また、わたしの名のために、あなたがたはあらゆる民に憎まれる。その時多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。そして、御国のこの福音はあらゆる民への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから終わりが来る。」(マタイ24:4~14)

そして、その終わりの時がどのようにして起こるかが、次の29節から記されています。「その苦難の日々の後、たちまち太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は空から落ち、天体は揺り動かされる。その時、人の子の徴が天に現れる。そして、そのとき、地上のすべての民族は悲しみ、人の子が大いなる力と栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見る。人の子は、大きなラッパの音を合図にその天使たちを遣わす。天使たちは、天の果てから果てまで、彼によって選ばれた人たちを四方から呼び集める。」(マタイ24:29~31)

このキリストの再臨の時が、世の終わりの完成の時です。そして最後についに主イエス・キリスト様が、天から降って来られます。その時に、全世界から、天の果てから果てまで主に選ばれた人々が呼び集められます。これが終わりの時の最後です。ですから、いろんな天変地異が起こってもまだ最後ではない、主の再臨の終わりの時は、刻一刻と近づいているというのです。ただ、私たちに求められているのは、最後まで信仰を持って耐え忍ぶことです。主は、何が起こってもどんな天変地異が起ころうとも、最後の最後まで共におられるとおっしゃっています。

2.共におられる神

それは神様御自身が、本来、共におられるお方だということです。父、子、御霊なる神は、もともと「共に」という御性質を持っておられ、御自身の中に交わりを持っておられる神様だということです。ヨハネ1:1に「初めに言があった。言葉は神と共にあった。言は神であった。」という御言葉があります。この言をギリシャ語ではロゴスとなっていますが、もともとはキリストのことを指している言葉です。世界の起源、原理、それがロゴスですが、ヨハネはキリストのことをロゴスと言い変えて、哲学好きのギリシャ人に神のことを説明しております。ここでも、「初めにキリストがあった。キリストは父なる神と共にあった。キリストは子なる神であった。」と読むことができます。ここにも、子なる神であるキリストと父なる神との関係は、「共に」という関係でした。

ですから、この「共に」という言葉は、神様の御性質、本性を現している言葉だと言っても過言ではないと思います。「共なる神」なのです。そして、ヨハネ1:14には、「この言は肉となって、私たちの間に宿られた。」とありますように、共にいてくださる神は、肉体を取ってこの世に来られ、私たちの間に宿られました。つまり、人間の交わりの中に、神の愛という交わりをもって神御自身が宿られたのです。つまり、共なる神は、交わりを求めて、私たちの群れの中に来て下さり、私たちとの愛という関係の中に存在し、私たちの群れの中で、関係の中で、もっと解りやすく言うならばグループの、あるいはクラスの交わりの中で働いておられるというのです。

3.出て行く交わりの伝道

それでは、どういう時に共にいてくださるのかと言いますと、その内容が18節以下に述べられております。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民を私の弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によってバプテスマを授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイ28:18~20)

まず最初は「出て行って」です。愛の神様は、この世を愛して、ご自分の御独り子イエス・キリスト様をこの世に遣わされました。それは神様の愛の交わりに私たちを招き入れるためです。そして病や悪霊につかれて悩んでいる多くの人々のために、御言葉を持っていやされました。そして、ご自分の弟子たちも同じようにして、この世界に遣わしました。御自身の権能を授け、汚れた霊を追い出し、病気や患いをいやすために遣わしました。イスラエルの失われた羊のところに行って「天の国は近づいた」と宣べ伝え、病人をいやし、死者を生き返らせ、らい病を患っている人を清くし、悪霊を追い出しなさいと命じました。ただで受けたのだから、ただで与えなさいと言って弟子たちを遣わされました。

ある意味では、あなたのマンションの方々に、あなたの団地の方々に、あなたの町内会の方々に福音を宣べ伝えなさいということではないでしょうか。なにも海外に行かなくても、道を挟んだ向かいの家に行って声をかけることも、出て行くことです。シンガポールに宣教師で行くことと、向かいの家の人に声をかけることとどちらが簡単ですか。どちらも難しいですね。この一歩足を踏み出すことでさえ、私たちにとっては清水の舞台から飛び降りるほどの勇気と覚悟が正直言って必要です。嫌われたらどうしよう、関係がまずくなったらどうしよう、村八分になったらどうしよう、いろんな不安が頭をよぎります。そうするとつい、何も言わないクリスチャンになってしまいます。

でも復活の主が既に先回りして、私たちが行こうとしている所に先に行っておられるのです。「ガリラヤに行きなさい。」と言った復活の主の言葉を信じて、弟子たちはガリラヤに行きました。そうしたら、そこにもうすでに主が待っておられたのです。これが復活信仰です。見ずして、主の御言葉を信じて出かけて行くことです。もう先にイエス様がいて下さって、救われる魂を備えておられるのです。シンガポールでもルワンダでも、道路の向かいの家でも、どちらも「全世界に出て行く」ことです。

4.弟子を造る伝道 

そして、私たちは出て行って弟子を造るのです。イエス様は、弟子たちに座って教えを語られましたが、時には、実際に町々村々に出かけて行って福音を宣べ伝えました。また、時には弟子たちを舟に乗せて、向こう岸に渡らせました。途中、嵐に遭って、恐い思いをしながらでも、イエス様の権威について学び訓練を受けました。社会に出て行って、現場で伝道をします。いかがでしょうか、私たちは出かけて行っているでしょうか。わたしたちは毎月、市内に教会案内を配布しております。また、月に一回は、地域で家庭を開放してスモールグループをもっています。

たっぷり二時間ありますから、そこで、集まって、会場準備をしたり、接待したり、司会をしたり、賛美、祈り、御言葉の学びをします。そして御言葉の分かち合い、病気のいやし、時には悪霊を追い出す祈りもする時があるかもしれません。そこで、参加者が癒され、命を与えられ、救われ、その交わりを通して伝道とアウトリーチがなされてゆきます。

現代人は、誰でも自分の居場所を求めております。心の平安と人生の意味を求めています。生きていてよかったと思える場所を求めています。人生の意味と目的を探しています。ヘブライ10:24~25に「互いに愛と善行に励むように心がけ、ある人たちの習慣にならって集会を怠ったりせず、むしろ励まし合いましょう。かの日(終わりの時)が近づいているのをあなたがたは知っているのですから、ますます励まし合おうではありませんか。」
とあります。

このようにして、愛の交わりを造ってゆく時に、そこに主が共にいて働いて下さるのです。聖書には、神は天地万物の初めから、そしてこの世の終わりまで、「見よ、わたしはあなたと共にいる。」という主の御言葉で貫かれています。主は初めから終わりまで、一貫して私たちと共にいてくださるお方です。甦られた主が、共にいてくださり先回りして、私たちが出かけて来るのを待っておられます。「見よ、わたしは世の終わりまであなたがたと共にいる。」この御言葉を見上げて、2013年度も共に歩んでまいりましょう。    (岡田 久)

powered by Quick Homepage Maker 4.50
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional