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行き詰まりと失望に抗して (Ⅱコリント4:7~12)

メッセージ

2015年6月7日富里キリスト教会

「行き詰まりと失望に抗して」
(Ⅱコリント4:7~12)

1.「土の器としてのわたし」

「ところで、わたしたちは、このような宝を土の器の中に納めています。この並はずれて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。」(4:7~9)

パウロは伝道者としてキリストの福音を大胆に語って来ました。しかし、彼が真理を語れば語るほど、彼に敵対し迫害するものが現われて来るのです。しかも、肝心のコリント教会の中からも、自分が福音の種を蒔いて救いに導き育てた信徒からも、疑われるというような辛いことがありました。「パウロは本当に使徒何だろうか」といぶかる者も現われ、離れて行く者もでてきたのです。また中には、真っ向からパウロの福音に反対するものもありました。

ですからパウロはここで、「四方から苦しめられ、途方に暮れ、虐げられ、打ち倒されるような」経験をしていたのです。これは伝道者の常です。内からも外からも、いろんな艱難が襲ってきます。それでも「行き詰まらない」「失望しない」「見捨てられない」「滅ぼされない」とパウロは言っています。何故か。それは「キリストという宝物をこの土ような汚れた器の中にもっているからだ」と言っています。つまり外形ではなく中身が問題なのだということです。人の見せかけ、外形や表面ではなく内側が問題なのです。

土の器とは、人間の表面とか外形を現しています。例えばこの体や風貌、スタイル、年齢などですが、他にも生まれ、学歴、職歴、健康、実績と言った目に見える肩書きなどです。これらを器と言います。人間の外側の部分です。でもパウロは、自分は土の器だと言っています。一番みすぼらしい、欠点の多い、不十分な欠けだらけの人間だということです。壊れやすい、汚い土でできた器なのです。でも大事なことは、その中身なんだと言っています。たとえ表面が泥でできていても、中に何を持っているかが大事なのです。そしてその中にあるものがパウロの力の源なのです。しかも並はずれて偉大な力だと言っています。ですから外側の自分はどんなに弱っても、欠点があっても、絶対に失望することはない。なぜなら、内側に大いなる宝物、イエス・キリストを持っているからです。

ではどうしたら、そのような土の器としての生き方ができるのかと言いますと、ヒントはその前の御言葉にあります。3:16からの御言葉です。「しかし、主の方に向き直れば、覆いは取り去られます。ここで言う主とは、“霊”のことですが、主の霊のおられるところに自由があります。」とある通り、心を主に向けることです。主の霊に向き直るということです。主の霊を受けるということです。そうすると、表面的な生き方から解放されて真の自由な生き方ができるのです。自分は美しい立派な器だと頑張って、人に外見を行く見せる必要はないのです。もうそういう人と比較競争するような、偽りの生き方をする必要はなくなります。主によって自由にされた人生、自由な生き方、主の霊によって新しく造り返られた生き方です。

2.わたしは死んで、あなた生きる

「わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています。イエスの命がこの体に現われるために。わたしたちは生きている間、絶えずイエスのために死にさらされています。死ぬはずのこの身にイエスの命が現われるために。こうして、わたしたちの内には死が働き、あなたがたの内には命が働いていることになります。」(4:10~12)

11節からの箇所をリビングバイブルはこう言っています。「まことに、わたしたちは、主に仕えるために、絶えず死の危険にさらされています。しかし、そのことでかえって、死ぬべきわたしたちの体によってイエス・キリストの力を明らかに示す機会が、常に与えられているのです。」と訳しています。つまり、福音を語る時にはいつも危険が伴っているので、パウロのこの体は迫害でボロボロになっているけれども、逆にそれを聞く人々には御言葉が与えられて新しい命にあずかることができているのです。

ですから、パウロが迫害を受けて苦しめば苦しむほど、死の危険が目の前にありますが、その分、聞く人々には救いの言葉が語られることになるわけです。自分には苦しみや困難が迫って来るが、福音を聞く人には喜びと新しいのちが与えられているのです。パウロは、そういう体験をいつもしているのです。パウロが死ねば死ぬほど、相手に御言葉の命が伝わって行くのです。

この間あるスモールグループで、「自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために、また福音のために命を失うものは、それを救うのである。」(マルコ8:34~35)という御言葉を学びました。つまり信仰というのは、自分を生かす道ではなく自分を捨てる道なのだということです。確かにそうです。自分というものを捨てなければ、自分の十字架を担ぐことができません。

パウロもこう言っています。「わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっている。それはそのことによって、イエスの命がこの死んだも同然の体に現われるためです。」(4:10)また「私たちの内には死が働き、あなたがたの内には命が働いています。」(4:12)と。福音宣教というものは、自分のためなのではなく相手のためなのです。たとえ、大きな迫害、患難、ガッカリするようなことがありましても、わたしたちの内にいて働いて下さるお方によって、わたしたちは決して失望もしないし、行き詰まることもなく、見捨てられることも、滅ぼされることもないのです。コリントの教会の人々が、神様の豊かな恵みの中に生かされて、主の愛を知り、感謝の思いに満たされていつも主に栄光をお返しするようになるためなのです。

3.患難と栄光

いやむしろ、そのような艱難や迫害は、逆に私たちに栄光をもたらしてくれるものでさえあるとパウロは言っております。「だから、わたしたちは落胆しません。たとえ私たちの『外なる人』は衰えていくとしても、わたしたちの『内なる人』は日々新たにされていきます。わたしたちのいっときの患難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に続くからです。」(4:16~18)

多くの患難や迫害によって、わたしたちの「外なる人」はだんだん衰えて行きます。つまり、今まで自分を良く見せようとして来た方が、患難を通して、成功とか実績とか美しさと言ったものがはがされてゆくのです。自分を良く見せようとする飾りが、患難を通してなくなって行くのです。逆に言うと艱難がなければ、いつまでも自分の肩書きとか実績と言ったものにあぐらをかいて、滅びの人生を歩んでいることさえ気づかずにいるのです。でも、患難を通して自分の誇りとか自慢とかプライドが粉々に打ち砕かれることによって、もはや見た目の自分を誇ることがなくなってきます。

むしろ、そういう目に見えるものではなく、目に見えないものに目を注ぐようになるのではないでしょうか。その良い例が、人間の臨終の時です。だれも死を間際にして自分のことを誇る人はいません。艱難を通して、わたしたちの外側の人が崩されて行って、むしろ自分の救いとかイエス・キリストへの信仰と希望が徐々に強くなって行くのではないでしょうか。逆に艱難を通して、「内なる人」がだんだん強められ成長してゆくのです。苦難を通して、救いについての福音に関心を持ち、信仰をますます強くして行くのではないでしょうか。

天国への希望と復活の喜びに、胸はわくわくしてくるのです。見えるものではなく、見えないものへの確信を強くしてからです。見えないもの、永遠に続くもの、わたしたちの救いを成し遂げ罪を贖って下さったキリストへの信頼と希望にますます満ちあふれて来るのではないでしょうか。これが「内なる人が日々に新しくされてゆく」ということです。艱難はわたしたちの信仰を育ててくれるゆりかごにさえなって行くのです。

そして艱難を通して、この土の器が壊れても、もっと良い住みかが天に備えられていることを知るようになります。そして、どんなにつらい人生があっても、イエス・キリストはわたしたちに必ず勝利の栄光を与えてくださるお方だという確信を持つようになります。既に私たちは、そのことを宝物である聖霊によって、この土の器であるわたしの中に持っているのです。そして栄光から栄光へと変えられてゆき、やがて主と同じ栄光の霊の体に変えられてゆくのです。(3:18)だから艱難をも喜ぶことができるのです。(ローマ5:3)

だから、わたしたちは落胆しないのです。苦しめられても行き詰まることなく、途方に暮れても失望することはないのです。虐げられても見捨てられることなく、打ち倒されても滅ぼされることはないのです。それはキリストの十字架の死をすでにこの体に持っているからなのです。既に死んでいるからです。「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きているのです。」(ガラテヤ2:20)今わたしたちが生かされているのは、ただ信仰によるものであることを知り、この体を主の憐みの土の器として、主を証する地上の生涯を歩みたいと願うものです。 

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