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答えられている祈り (イザヤ65:17~25)

メッセージ
2018年11月25日富里キリスト教会
「答えられている祈り」
(イザヤ65:17~25)
1. すでに答えられている祈り

皆さん、わたしたちはあきらめないで、祈りはすでに主のもとに届いているということを覚えましょう。祈りは永遠に生きています。後は主に委ねて安心してこの地上を去って主のもとに帰っていいのです。わたしたちが死んでも、祈りは主を通して生きているのです。たとえその時には全く実現しそうもないことでありましても、やがて神様のご計画に従って救いがなされてゆくということを覚えたいと思います。しかも私たちが捧げる祈りは既に、主によって答えられ、聞き届けられていると今日の聖書に書かれてあります。イザヤ書65:24にはこう書かれてあります。「彼らが呼びかけるより先に、わたしは答え、まだ語りかけている間に、聞き届けられる。」とあります。

これが新しい時代の最高の祝福ではないでしょうか。わたしたちが祈りに祈ってやっと聞き届けられるというのではなく、わたしたちが祈る前からすでに、神様は答えておられるというのです。わたしたちが祈りの声を出している間に、もう祈りは聞き届けられていると言っています。祈りがかなえられるまでに時間がかかるというのではありません。わたしたちが祈る前から、いや祈っている最中に既に祈りは聞き届けられているというのです。祈りは主から来るのです。祈りの言葉は主の言葉です。だから祈りましょう。かなえられるように祈るのではなく、すでに神様が聞き届けてくださっていて、答えを出しているということを信じて祈りましょう。

The Lord says through the prophet Isaiah, “Before they call I will answer while they are still speaking I will hear.” (Isaiah 65:24) The Lord hears our prayer and answers to our prayer before we will pray.
There is no time to realize our prayer, before we pray the God already answers our prayer. I think that this is a new world that the God created. The youngest sister of brother Kokufuda’s aunt was a first Christian and she was a first prayer for his family’s salvation. Through her prayer of intercession his second younger aunt was saved and then his mother was saved and he was saved. His youngest aunt already gone to heavens but her prayer for the salvation of family are
still going on. So do not give up and continue praying for our family’s
salvation.

仏教徒の多い日本で、親族の中でキリスト教式の葬儀をするということはなかなかそう簡単にできることではありません。わたしも残念ながら、自分の母は仏式で葬儀をあげざるを得ませんでした。本人がはっきりと信仰を言い表していれば、キリスト教式で挙げることも出来るのですが、明確な信仰告白までは至りませんでした。母はやはり親せきなどの手前仏式にならざるを得なかったようです。いずれにしましても、最後まで諦めずに家族や親せきの救いを願ってゆくことです。たとえそうでなくても、その祈りは主の祈りの中に覚えられていますので、必ず時が与えられてその人の家族や親せきの中からも救われる人起こしてくださると信じております。

2.新しい天と新しい地

65:17節に「見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。はじめからのことを思い起こす者はない。それはだれの心にも上ることはない。世々とこしえに喜び楽しみ、喜び踊れ。わたしは創造する。見よ私はエルサレムを喜び踊るものとして、その民を喜び楽しむ者として、創造する。」(67:17~18a)
とあります。イザヤ書のテーマは神の愛と贖いであると、先週言いました。わたしたちのどんな罪をも赦し、清め、生涯わたしたちを背負い担って歩んでくださるお方です。常に私たちを愛し、貴いとおっしゃっていてくださるお方です。この新しい天と地と言いますのは、この祈りによって神様としっかりと親しい交わりをしている状態のことを指しているのではないでしょうか。

たとえ、新天新地を見てはいなくても、信仰をもってそのことを待ち望み、その約束の御言葉を信じて主に感謝と喜びの祈りをささげて主と親しく交わって歩むのが新しい世界に生きている人ではないでしょうか。66:2に「これらはすべて、わたしの手が造り、これらはすべて、それゆえに存在すると主は言われる。わたしが顧みるのは、苦しむ人、霊の砕かれた人。わたしの言葉におののく人。」とあります。ですから私たちは主の約束の言葉を信じて、へりくだってその御言葉に従う者でありたいと願っています。この主の約束の御言葉の前に、主を恐れその御言葉におののいてへりくだって歩む人に、新しい天と地が到来しているのです。

わたしたちの最大の喜びは、主と共にいるということであり、主の御手のうちに常に守られ支えられて歩むことができるということです。主が顧みてくださるのは、このように主の前に心砕かれ、へりくだって従う人です。そして主の御言葉を信じて、その御言葉を恐れつつ御言葉に従う人のことではないでしょうか。そのような者として新しく創造された者です。祈りの民です。共に祈る人々の群れ、これが新しく創造された共同体ではないかと思います。

「わたしは尋ねようとしない者にも、わたしは、尋ね出される者となり、わたしを求めようとしない者にも、見いだされる者となった。わたしの名を呼ばない民にも、わたしはここにいる、ここにいると言った。反逆の民、思いのままに良くない道を歩く民に、絶えることなく手を差し伸べてきた。」(65:1~2)と言っています。これがわたしたちの神様です。今もわたしたちに手を差し伸べ、呼びかけ、答えようとされているのです。わたしたちが呼びかける前に、わたしたちが求めようとする前に、主はわたしたちの祈りを待っておられるのです。「ここにいる、ここにいる」と主はおっしゃっています。

どこにいますか?この教会に、わたしの心の中に、自分が心を注いて主に心を明け渡している所に、主がおられます。これが新しい天と地です。宣教師の働きのために、また12月のクリスマスのために、まずわたしにその祈りの課題を持ってきなさいと言っておられるのです。主を黙らせてはいけません。主に立ち上がっていただくのです。主に救っていただくのです。(イザヤ62:6~7)主を眠らせてはいけないとあります。わたしたちも祈りの声をあげるのを止めてはいけないと言っています。黙すことなく声をあげて祈りましょう。

わたしたちの家族の救いを、わたしたちの町の人々の救いを。そしてわたしたちの心の中にある痛みや苦い根、苦しみを主のところに持ってゆくだけでいいのです。主に差し出すことです。その祈りを主は待っておられるのです。祈りとはただ主の前に持ってゆくことです。わたしたちが解決するわけではありません。主が解決してくださるのです。すでに主は答えておられ、聞き届けてくださっておられるのです。なぜなら主には何もできないことはないからです。全知全能のお方です。できないことは何もありません。この世界は主が造り、主が支配しておられるからです。

The God says “Behold, I will create new heavens and a new earth. The former things will not be remembered, nor will they come to mind.”
What is the new heavens and earth? The God exactly the new heavens and world, but I think that there is another meaning of the new heavens and earth. The new creation was will be where we will be humble and contrite in spirit and tremble at God’s word. This is a new creation and new world. Because “God made all things so they came into being”(66:2) let us pray being humble before the God and continue to praying constantly. Please do not give up to pray. Our prayer already gets to the God and being kept in the God’s hands waiting a good timing to realize. The God is a creator of this world and owner of this world. There is nothing that God cannot do. He is almighty.

65:25に「狼と子羊は共に草をはみ、獅子は牛のようにわらを食べ、蛇は塵を食べ物とし、わたしの聖なる山のどこにおいても、害することも滅ぼすこともない、と主は言われる。」とあります。神にはできないことはありません。狼と子羊が一緒にわらを食べ、ライオンも牛のようにわらを食べるというのです。もうあの動物の弱肉強食の世界はなくなるのです。その日が来ると約束しています。あんなに争っていた人々が、互い兄争いをやめて一緒に食事の席に着く、そういう夢のような時代が、主が支配するところに実現すると約束しています。

わたしたちが祈る前に、すでに主はそのことを約束しておられるのです。世界は神様が支配する世界であり、世界のオーナーです。「これらはすべて、わたしの手が造り、これらすべて、それゆえに存在すると主は言われる。わたしが顧みられるのは苦しむ人、霊の砕かれた人、わたしの言葉におののく人」(66:2)である。その神の支配する世界を願いつつ、いまだに神に背を老けている人々の故に心苦しみ、悩んでいる人は幸いだと言っています。そむける人々の罪をとりなしつつ、信仰をもって主の御言葉を信じて祈る人々こそ、御心にかなった人々ではないでしょうか。それが教会の祈りです。主がすでに答えられている祈りです。わたしたちには祈る幸いと特権が与えられています。一人の人の祈りが家族を救い、世界を変えるのです。全能なる主の約束の御言葉を信じつつ、感謝と喜びを持って祈ってまいりましょう。(岡田 久)

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