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神の愛 (ローマ8・31~39)

メッセージ

2009年11月15日富里教会
         「神の愛」
          (ローマの信徒への手紙8:31〜39)

1. あらかじめ定められた者
クリスチャンであればあるほど、正直言っていろんな苦難があります。キリスト教は信じたらすべて人生ばら色、何の苦しみもない楽しい生活がくると思ったら大間違いです。信じたのに、どうしてこんなことが起こるのか、信じたかいがないと思う人もあるかもしれません。家族の問題、夫や子供の悩み、親への思い、職場での人間関係、経済の問題、ありとあらゆることにおいていろんな悩みや問題が起こってきます。でも私達は、信仰生活はそういうこともあるものだということをまず覚えたいものです。

ただ、クリスチャンとそうでない人との違いは、クリスチャンは御霊によって祈ることができるということです。そしてそういう苦しみの中であっても、御霊によって祈ることによって、神様がすべてのことを益、プラスにしてくださるということも、私達は知っています。29節と30節に、「神は前もって知っておられた者たち」といっています。そしてその後、「あらかじめ定められた」という言葉が、2回出てきています。英語ではプレデスティン(Predestine=あらかじめ定める)といいますが、あらかじめ、前もって運命ずけられている者という意味です。つまり天地万物の初めより、そのような者となるように定められていたということです。

どのような者でしょうか。29節には「御子、すなわちキリストの姿に似るように定められていた」とあります。また30節にはさらに具体的に「この世から召し出し、キリストの十字架によって義として、罪を赦し、さらにキリストの栄光にあずかるようにと定められている者なのです。これは、たとえ私達のほうで、「自分にはそんな自覚がなくても、こんな私が」と思っても、あるいは現在いろんなことで悩みや苦しみに取り囲まれていても、それも神様の定められた運命であり、神様の側の選びであり、神様の決定であり、御計画なのだということです。そして最終的には、私達は神様の栄光に預かる者とされるのです。これがあらかじめ定められた者です。神の栄光に向けて運命づけられている者です。誰もこの運命を変えることはできません。

3.神が味方
31節に「もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。」と言っています。神が私達の味方なのです。誰も私達に敵対することはできないのです。御子イエス・キリストを与えて下さったお方が、全てのものを私達に与えないはずはないと言っています。33節では、「だれが神に選ばれた者たちを訴えるでしょう。」と言っています。いや誰も訴えることはできない。神様御自身が私達を義、すなわち罪なき者として下さるのです。34節に「だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。」と言っています。いや誰もいない。誰もいない、復活された主が神様の右の座について、私達のためにとりなしていてくださるのです。さらに、35節で「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。」と言っています。誰も、またどんなこともわたしたちをキリストの愛から引き離すことはできない、と言っています。神様は私達の大きな味方なのです。

運動会の綱引きで、たった一人で何十人と相手にしても、絶対負けない、それは神様が、一番後ろで一人で引っ張っていて下さるからです。自分はもうだめだと思っても、背後にはいつも強い神様がついておられるのです。伝道の時にも、神様がいつも共におられて、「恐れるな。語りつづけよ、黙っているな。あなたには、私がついている。」(使徒18:9〜10)とパウロを励まし続けました。「私が味方だから、誰もあなたを襲ったり、危害を加えたりすることはない。安心しなさい。精一杯主に仕え、主を証しし続けなさい。」と励ましておられます。

さらにパウロは、死も命も天使も支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、私達の主イエス・キリストによって示された神の愛から私達を引き離すことはできないのだ、言っています。(38〜39)この神様によって示された主の愛からは、誰もどんな苦難も、私達を引き離すことができないのです。

ある人が夢を見ました。夢の中で、彼は多くの人と共に神の審判を受けるべく、神の前に並ばされていました。そしてついに彼の番になりました。神様は彼にこう質問しました。「あなたは、生涯、正直かつ誠実に歩みましたか?」彼は答えました。「いいえ、いつもそうではありませんでした」と。ならば、「あなたは常に隣人を愛し、隣人を助けて来ましたか?」「いいえ。」ならば、「伝道を熱心にしましたか?」「いいえ、それもあまりできませんでした。」彼は、この次こそ神様の裁きが自分の頭に下されるだろうと覚悟を決めました。するとその時、イエス様が神とその人の間に入ってくれて、こうとりなし、弁護して下さいました。「でも神様、この人は生涯、あなたを愛し続けました。」

イエス様の十字架に示された神様の子の大きな愛から、私達を引き離すことは誰もできないのです。罪を告白するならば、例外なく、イエス様が十字架の上で、永遠に私達の罪を贖い赦し、清めて下さるのです。常に私達のかたわらにいて、わたし達のために神様にとりなしをしていて下さるのです。これが、神様が私達の味方だということです。

4. キリストの愛から誰も私たちを引き離せない

キリストの栄光の相続人ならいいけど、苦しみの負の遺産はできれば相続したくないと、誰しも思います。でも私達はそれも、相続するように運命ずけられているのです。
以前、NHKで一人のらい病の方のドキュメンタリー番組を放映していました。この方は、青森県津軽の生まれでしたが、小学生の時に発病し、それ以来60年間、故郷津軽から遠く離れた群馬県のらい施設で暮らしてきました。親族に迷惑がかからないようにと名前も変えられ、いっさい自分の出生を消して独りで生活しておりましたが、らい予防法の改正により、ようやく世の中に出ることができるようになりました。そしてちゅうちょしながらも60年ぶりに、なつかしい津軽に帰ることができるようになりました。親戚の方々も快く迎えてくれて、指のない手をとって握手もできました。この方の顔は、らいのために目も鼻もなくなっていて、口と耳しか残っていませんでした。涙を流しても、流れ出る目がないので、唇から嬉し涙がこぼれてきていました。なつかしいふるさとに、やっと帰ることができ、60年間の思いが果たされたとおっしゃっておりました。

そして、「おじぎ草」という詩を書いておられました。この詩の中で、この方は、自分もこのおじぎ草のように、指のない手を合わせて、今まで出会った人たちに「ありがとう、○○さん。ありがとう、○○さん」とお礼をいいたい。そして最後に自分の人生を狂わせ、苦しめてきたこのらい病にも、ありがとうとお礼をいいたいとつづっていました。

孤独と絶望と苦しみの人生の中で出会った、たった一つの光、イエス・キリストの愛が、長い療養生活の中で彼を変えました。家族から離され、世間から抹消され孤独と絶望と恨みの中に生きてきた者であっても、いや、むしろそういう境遇であればあるほど、イエス・キリストの十字架に示された神様の愛と恵みが余計、聖霊様を通して彼の心に注がれたのではないでしょうか。そしてその神の愛が心からあふれ出てきたのではないかと思います。ですから、感極まって、自分が一番憎むべきあのらい病に対しても、最後に「ありがとう」という言葉が出てきたのではないでしょうか。

ローマ書の8:35に「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。『私達は、あなたのために一日中死にさらされ、屠られる羊のように見られている』と書いてあるとおりです。」とあります。どんな艱難や苦しみがあっても、私たちをキリストの愛からは引き離すことができないと言っています。長い人生、いろいろあります。あるいは生まれながらにして、負の遺産を背負わされる方もあるかもしれません。でも私達は、そのこともあらかじめ定められていたことなのです。「どうして?なぜ?私だけが。」というような出来事が人生には起こります。神様が解らなくなったり、神様に対して不信感を抱くこともあります。でも、それは神様が意地悪をしているとか、見放したということではなく、そのことを通して、最後には神様の愛がその人の心の中に注がれ、万事、すべてのことを益として下さるためなのです。

たとえ、艱難や苦しみがあっても、キリストの愛の故に、私達はすべてのことにおいて勝ち得て余りがある、勝利を収めていますと、パウロ先生も言っております。全てのことが相働きて、万事を益として下さることを私達は知っています。誰も、どんな被造物もイエス・キリストの十字架によって私達に示された神様の愛からは、私たちを引き離すことはできないのです。あの悲しい交通事故も、あの苦しかった病も、最後にはああ、神様からの十字架の賜物だったんですねと、思えるようになることがあります。そして私達は祈りと聖霊様を通して、キリストの栄光から栄光へと、新しく創り変えられてゆくのではないでしょうか。
                                       (岡田 久)

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