ようこそ、富里キリスト教会の公式ホームページへ

神の力によって強くなりなさい (エフェソ6:10~18)

メッセージ

2011年2月20日富里キリスト教会
「神の力によって強くなりなさい」
(エフェソ6:10~18)
1.悪魔の策略とは何か

今日の御言葉の中でパウロはこう言っています。「最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。悪魔の策力に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。」(エフェソ6:10~12)

この悪魔とか悪の霊といわれているものは実際に存在します。ただし、よく描かれているように、黒装束で、とがった耳を立ててとげのついたしっぽを持っているというようなものではなく、目に見えない霊的な存在です。そして、すきを見てわたしたちの心にも働き、神と人間を引き離させようとします。わたしたちの信仰を試すことを神に許されていますが、最後には永遠の火の中に投げ込まれて滅ぼされる運命をもっています。

今日、多くの人々が占いやオカルト、霊媒、スピリチュアルに関わり、マスコミを通して人々の心をとりこにしようとしています。最近は、瞑想を通して神と交流したり、自分自身が神になったりするような宗教(ニューエイジ)も、若者の間で増えてきつつあります。とりわけ、インターネットを通して、どんな情報で瞬時に誰にでも見れるようになってきました。ですからわたしたちクリスチャンでも、よっぽど目を覚まして、自分自身の心と信仰をしっかりと見つめてゆかないと、あっという間に悪魔のとりこになってしまう危険性があります。

このようなサタンの武器、攻撃や策略に対して、正直言って私たちは無力です。しっかりと、神の武具で完全武装しないとサタンの攻撃に抵抗し、信仰の戦いに勝ち抜いて勝利することはできません。パウロはこう言っています。「最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。・・・・それだから、悪しき日にあたって、よく抵抗し、完全に勝ち抜いて、堅く立ちうるために、神の武具を身につけなさい。」(エフェソ6:10,11,13)と。

2.神の武具

私たちは、素手で戦っても悪魔の策略に勝つことはできません。神の武具、神様からいただく鎧と兜と武器でしっかりと武装しなければならないのです。どんな武具を着けなければならないのか、パウロの言葉から見てみたいと思います。「立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。」(エフェソ6:14~17)

まず最初に、「真理の帯」です。相撲で言えば、まわしのような物です。柔道では黒帯です。兵士の下腹部をしっかりと締めて力が出るようにします。全ての武器の中心ともいえる大事なものです。つまり、戦うクリスチャンの中心には真理が来なければなりません。真理とはイエス・キリスト御自身であり、聖霊様ご自身でもあります。つまり、聖霊様を通してイエス・キリストがわたしたちの体の中心にいることがまず、霊の戦いの第一条件です。

二番目に、「正義の胸当て」です。つまりわたしたちの心の中には、神様の正義が来なければなりません。自分の正義ではなく神の正義です。それはイエス・キリストの十字架に示された神様御自身の義、神の義しさのことです。つまり、イエス様は私の罪のために十字架にかかってくださったと言う告白です。真理であるイエス・キリストと同時に、神の義なるキリスト、私の罪の贖い主としてのキリストが常に心の中にいることです。常に自分の罪の告白と悔い改めです。そういう人は必ず、最終的には罪と悪魔に勝利します。

三番目は、「平和の福音の履物(=靴)」です。いつでもどこででもキリストの福音を語る準備はできていますか。「クリスチャンだけど、何をどう語って人を救いに導いたらよいか解りません。」という方はいませんか。いつでも語れるように、準備しておくことです。今祈祷会では、EBS(福音的聖書研究)「愛の便り」を学んでいます。これは福音を伝えるための聖書研究です。また以前は、「誰でもできる伝道」というテキストも学びました。神様は私たちが、キリストの福音を宣べ伝える者となるために召されました。今、私たちはその準備中です。そしていざと言う時には、いつでも福音を語る者となりたいですね。福音を語ることによって信仰が強められます。

四番目に、私たちは信仰の盾を手に取ることです。これは、敵の攻撃の火の矢を受け止めて消すためです。火矢というのはサタンの放つ攻撃の言葉です。今朝の教会学校でも、アッシリヤの王ケンナセリブは、使いをやって、「ユダの国に神などいない。我々の神の方が強いから、降伏せよ。そうすれば助けてやる。」と言わせました。そしてユダ王国の兵士と王ヒゼキヤ、預言者イザヤに向かって、彼らの神への信仰を切り崩そうとしました。サタンの火矢がビュンビュン飛んで来ました。そのような、不信仰の言葉、神への反逆の言葉を打ち消すのがわたしたちの信仰の盾です。

このようにして、「真理の帯」「正義の胸当て」「福音の履物」「信仰の盾」を身につけます。これらはいわば、身を守る武具です。このようにしっかりと自分の霊と心と体を防備した上で敵に攻めてゆきます。次に「救いの兜」をかぶり、「霊の剣」を手に取ります。

「救いの兜」と言いますのは、すでに救われている者であるという旗印を掲げるということです。すでに救われ、今救われ、そして将来も救われていると言う救いの確信です。皆さんは、戦国武将である直江兼続の兜をご存知でしょうか。NHKの大河ドラマでもやりましたが、兼続の兜には「愛」という字が掲げられています。戦国時代にしては珍しい兜ですが、私たちもこの「神の愛」を旗印にしたいものです。神の愛が示されたあの十字架こそ私たちの救いの希望です。十字架を掲げて救いの時を待ち望む者でありたいと思います。

そしていよいよ最後に、「御霊の剣」すなわち「神の御言葉」を手に取ります。映画などでは、悪魔が怖がるのは、にんにくとか十字架だと言われていますが、実は、サタンが一番怖いのは、この神の御言葉なのです。神の言葉にはサタンを打ち破る大きな力があります。ですから、サタンが一番先に狙うのもこの神の言葉なのです。クリスチャンの手から、この神の言葉である剣を奪ってしまえば、あとは簡単に自分の支配下に置くことができます。人類史上、最初に罪を犯したエバも、まず狙われたのは神の言葉でした。曖昧に覚えていたエバの心から、サタンは巧妙に御言葉を奪い、神の御言葉に背かせることに成功しました。ですから私たちは、常に自分で御言葉を読み、御言葉を調べ、なによりも御言葉を心の中に蓄えておく必要があります。

4 .祈りの戦い

マザーテレサが、ある時、戦火の止まないパレスチナ地方を尋ねたそうです。ガザ地区に行った時、一人の兵士がテレサを呼び止めて、尋問しました。「お前は武器を持っているか?」と。するとテレサは答えました。「ええ、わたしは強力な武器を一つ持っています。」と答えました。兵士は、「じゃそれを出しなさい。没収する。」と言いました。するとテレサは「わたしの武器は祈りです。」と答えたそうです。私たちの戦いは祈りです。教会は、サタンの支配にあるこの世にあって、敵の最前線基地です。それは祈りの部隊なのです。そして銃は、平和の福音の弾です。人々の敵意の要塞を打ち砕くのです。それは祈りと愛の業によってしか前進しません。

パウロはこう言っています。「どのような時にも、霊に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。また、わたしが適切な言葉を用いて話し、福音の神秘を大胆に示すことができるように、わたしのためにも祈ってください。」(エフェソ6:18~19)と。牧師のためにも祈ってください。わたしはこの数ヶ月間、この御言葉に強く捉えられました。「どのような時にも、」「絶えず、目を覚まして、根気よく」祈ることです。ともに集まって祈りましょう。

パウロはこの祈りの戦いに私たちが参加することを願っています。10節に、「最後に言う。主により頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。」と。これはパウロの最後の遺言みたいなものです。私たちは弱いです。小さな者です。でも、私たちのイエス・キリスト様は十字架と復活を通して、罪と死と悪魔に完全に勝利されました。そして今も私たちと共にいて、働いていて下さいます。このお方に信頼し、その偉大な力により頼んで祈ってゆきましょう。そこに私たちの強さがあり、力があり、勝利があります。
(岡田 久)

powered by Quick Homepage Maker 4.50
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional