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矢はお前の先にある (サムエル記上20:35~42)

メッセージ

2012年7月1日富里キリスト教会
「矢はお前の先にある」
(サムエル記上20:35~42)

1.サウルのねたみ

まず最初にサウルですが、私はイスラエルの初代の彼は、悲劇の王と言う印象を持ちます。そして、丹精な風格、激しい性格と、自分の手でイスラエルを統一して天下を治めた大人物ではありますが、部下のダビデにその王の地位を明け渡さざるを得なくなりました。そして最後には、激しい戦闘の末、敵に殺されるよりは自害することを選んで、ギルボア山の露と消えてしまったサウル。父と三人の息子の遺体が、ベト・シャンの城壁にさらしものにされ、非業の最期を遂げてしまったイスラエルの誇り高き王(サムエル上31章)。彼の生涯を見る時に、私は、天下統一を果たしながら、臣下の石田光成の謀反によってわずかの手勢と共に、本能寺の露と消えてしまった戦国の武将、織田信長の姿とが重なって来るような気がします。

人間だれでもそうです。自分より上に立つ者が自分の配下から出て来て、民衆が「サウルは千人を討ち取り、ダビデは万人を討ち取った」と言ってはやし立てる声を聞く時に、ダビデに対する嫉妬とねたみ、そしてなんとかその人を葬り去ろうとする肉的な思いがわいてきます。

ダビデは、何度もサウルの傍に呼ばれ、悪霊がサウロを悩まし始めると、竪琴を持ってサウルの心を穏やかにさせました。それでもサウルは、慰めているダビデに向かって槍を二回も突き立て、壁に刺し殺そうとしました。ダビデは、悪霊のなせる業だ、王様が自分を殺すとは思えないと思っていましたが、どうも原因はサウルの方にあったようです。疑心暗鬼、心がいらいらし平安が無くなり喜びが失われます。少しでも心に隙があると、そこに悪霊が入って来て傲慢になり、人に対して恨みやねたみを持ったり、思い煩いに囚われてしまいます。特に男性の場合には、自分のプライドが傷つけられると、人に対して激しく怒り反感と敵意を持つようになります。

では、どうしたらいいでしょうか。それはいつも賛美と祈りを持って、心の中に聖霊様にいっぱいになってもらうことです。聖霊に満たされることです。神に祈る、ダビデのように竪琴やなんかの楽器を持って神に賛美を捧げる。聖書の御言葉を読むことです。心の武装をすることです。「だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。」(Ⅰペトロ5:6~7)

また、礼拝や集会に努めて出席することです。これを止めると、クリスチャンでも悪霊の支配を受けてしまいます。私たちの心に隙間を作ってはいけません。常に聖霊様に満たされることです。またたとえ、悪霊に負けて失敗したり、罪を犯してしまうようなことがありましても、その場ですぐに神に対して向き直って祈ること、悔い改めることです。サウルはだれの心にも潜んでいます。サウルのような悲劇で終わることは避けたいものです。

2.ヨナタンの友情

次に王子のヨナタンですが、彼は、心からダビデを愛し、父サウルと親友ダビデの間に入って、何とか二人の仲を取り持とうとしました。しかし、ダビデはとうとう、新月祭の祭りの食事の席に欠席し、王の手から逃れました。サウルが、自分の命を狙っていることに気がついたからです。そこで最後に、親友のヨナタンにサウルが自分を本当に殺そうと思っているかどうか、もう一度確かめて欲しいと頼みました。

20:30から読んでみましょう。「サウルはヨナタンに激怒して言った。『心の曲がった不実な女の息子よ。お前がエッサイの子をひいきにして自分を辱め、自分の母親の恥をさらしているのを、このわたしが知らないとでも思っているのか。エッサイの子がこの地上に生きている限り、お前もお前の王権も確かではないのだ。すぐに人をやってダビデを捕えて来させよ。彼は死なねばならない。』ヨナタンは、父サウルに言い返した。『なぜ、彼は死なねばならないのですか。』サウルはヨナタンを討とうとして槍を投げつけた。父がダビデを殺そうと決心していることを知ったヨナタンは、怒って食事の席を立った。父がダビデをののしったので、ダビデのために心を痛め、新月の二日目は食事を取らなかった。」(20:30~34)

ヨナタンは、今までもダビデをかばい、父をなだめ父を説得しました。そして、一時はサウルも心を赦してダビデと仲直りしたようにも見えましたが、悪霊がサウルの心に入ると、また激しく怒ることがありました。今回も、とうとうヨナタンも堪忍袋の緒が切れたと言いますか、王である父親に向かって「いったいダビデは何をしたのですか!」と言い返して席を立ったのです。

しかし、王の心はこの愛する自分の息子の言葉も聞き入れませんでした。おまけに、今度はヨナタンの母親をさえ引き合いに出して、自分の息子ではなく、あのふしだらな女の産んだ子供だと言って、ヨナタンまで責めたてました。そして何としてもダビデを亡き者にしない限り、サウル一族に真の安泰はないのだと言いました。

ヨナタンは、たとい父と仲たがいしても王宮を出るわけにはゆきません。最後まで、父サウルと共に戦い、父と一緒に戦死してしまいます。しかし、彼ほど、二人の敵対する人間の間に立って、その板挟みにあいながらも、両者にとって最善のことを図ってあげ、最後には自分の王子としての運命に従って、父と最後まで行動を共にして死んでいった人物はいないのではないでしょうか。これほどまでに、信仰の友のために命がけで愛し続けた人物は、聖書の中にヨナタンをおいて他に見ることができないくらいです。私たちも、二人の間に入って板挟みになるような時には、ヨナタンのように、両者に益となるような真実な振る舞いを取れるよう見習いたいものです。

4.ダビデの旅立ち

ヨナタンが、かねてダビデと約束した通り、父がダビデを殺そうとしているかどうか、その真意を知らせなければなりませんでした。そこで、ヨナタンは従者を連れて野に出て行き、エゼルの石の近くで弓の練習に見せかけて三本の矢を放ちました。もしこの矢が、従者の手前に落ちて「手前に落ちたから持って来い。」と言えば、安全だが、「矢はもっと向こうにある。」と言えば、父が命を狙っているから逃げなければならないと、あらかじめ決めていました。

そして、その時、ヨナタンは矢を放った後こう言いました。「矢はお前のもっと先ではないか。早くしろ、急げ、立ち止まるな。」(20:37~38)と声をかけました。お付きの者は、ただ言われたとおりにしましたが、これはヨナタンとダビデの暗号の言葉です。ダビデは、これを聞いて、もはや自分は王宮には帰れない、自分の今までの功労も妻さえも王宮において出て行かなければないと悟りました。

「早くしろ、急げ、立ち止まるな!」です。残して行く物があまりにも大きすぎました。できればこのまま、もう一度王と和解して、王の娘婿としての地位を存続させたい。そういう思いはあったと思います。財産も家族も地位も名誉も、一切を捨ててこれから当てのない逃亡者の生活に入らなければならないのです。しかも、サウル王のいるイスラエルにはもう戻れません。かと言って、隣国に逃げても、みんなダビデのことを知っていますから捕えられて殺されてしまうでしょう。絶体絶命の決断でした。

でも、ヨナタンの声は「早く逃げろ、立ち止まるな、後ろを振り向くな、もっと先に行け!」でした。たとえ、これから行く手には多くの困難や苦しみが待っていようとも、後ろを振り向くことなく、一から、もう一度、無一物から出発しろということではないでしょうか。あの、ロトの妻が逃げる途中に後ろを振り向いて、この世の財産や楽しみに目を奪われて逃げそこなったように、後ろを振り向かずに、一目散に高い山を目指して逃げることです。あの時も神様は、「命がけで逃れよ。後ろを振り返ってはいけない。山へ逃げなさい。さもないと、滅びることになる。」(創世記19:17)と言いました。

山の上には何もありません。むしろ反対する力や敵が待っているかもしれませんが、それでも急いで、躊躇せず逃げることです。逃げることは確かに、人生の中では敗北者、失敗者、挫折した者という汚名を着せられるかもしれませんが、それでも荒野をめざし、山を目指して逃げることです。もし、自分の築いた地位や財産に目を奪われて、逃げ出す機会を失ったら、それらと一緒に滅んでしまったかもしれません。

「矢はもっとお前の先にある。早くしろ、急げ、立ち止まるな。」と言うヨナタンの言葉は、私たちの人生の的、三本の矢の目標はもっと先にあるということを意味しています。「後ろのものを忘れ、前に向かって、体を伸ばして目標を目指して走りなさい。」(フィリピ3:13~14)とパウロも言っています。この後、ダビデは敵の目をくらますために狂人になったり、野盗の親分になったりして波乱万丈の人生を送ります。しかし、これも全ては神様のダビデに対する愛の訓練の時でした。彼は、あえてそういう苦難の道を通させられました。

私たちの人生はいつも、この後ろを振り返らないで、前に前にと神のふところへと委ねて逃げて行く人生ではないでしょうか。そこに私たちの人生の目標があります。そしてやがて、ダビデはいろんな試練を経て、再びこの王宮へと戻ってくることになります。
「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる。」(詩編126:5~6)               (岡田 久)

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