ようこそ、富里キリスト教会の公式ホームページへ

キリストを模範とせよ (フィリピ2:1~11)

メッセージ

2016年6月19日富里キリスト教会

キリストを模範とせよ」
(フィリピの信徒への手紙2:1~11)

1.教会の活動の中心は何か

「そこで、あなたがたに幾らかでも、キリストによる励まし、愛の慰め、“霊”による交わり、それに慈しみや憐れみの心があるなら、同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、わたしの喜びを満たして下さい。」
(フィリピ2:1~2)ここに教会の共通項が三つ出ています。「キリストによる励まし」と「(父なる神の)愛の慰め」そして「聖霊の交わり」です。このキリストの励まし、神の愛の慰め、御霊の交わりの三位一体の神様の働きによって、わたしたちは一つの心、一つの体になるように集められた群れです。

そしてキリストはわたしたちに励ましを与えて下さる方です。それはキリストの生涯とその十字架と復活の出来事によって、わたしたちに救いが与えられ、永遠の命が与えられて神の国に入ることが約束されているからです。キリストは、わたしたちを救うためにこの世に来て下さいました。そして十字架の上で、ご自身の尊い血潮を持って私たちの罪を贖って下さいました。そして三日目に罪と死と悪魔に勝利して、死人の中から復活され今も生きておられます。(ローマ3:23~24)この救いの出来事をいつも思い出して語りながら、御国への凱旋の時を待っているのです。お互いに声を掛け合って、励まし合っています。「イエス様を忘れないでね」と。【キリストによる励まし】

そして父なる神様が、御子を十字架につけるほどにわたしたち一人一人を愛していて下さっているということを互いに声を掛け合って、確認するのです。「あなたは神様に本当に愛されているのよ。決して見放されたりしていないわ。神様の愛はとても大きく深いのだから、安心して。」と声を掛け合います。長い信仰生活、時には自分だけが神様から見放されたのではないだろうか、と不安に思ったり、恐れを抱いたりすることもあります。(ヨハネ3:16)【愛の慰め】

そして三番目には、霊による交わりです。誰も聖霊様によらなければ、「イエス・キリストはわたしの主です」と告白することはできませんから、主を信じて告白した者は全員この御霊を心の内にもっています。そしてこの御霊によって祈りを捧げ、御霊によって御言葉を語らい、御霊によっていろんな奉仕をします。ですから教会の交わりは、この礼拝でも、教会学校でも、スモールグループでも祈祷会でも各会でも皆、御霊の働きによって活動しているのです。(ガラテヤ5:22~24)【霊による交わり】

この子なる神、イエス・キリストの十字架の贖いによる救いの励まし、そして父なる神の愛の御言葉による慰め、御霊の賜物による祈りと種々の霊の働きと交わりによって、わたしたちは一つとなることができるのです。これが三位一体の神による共通項である教会の姿です。この神の働きによって、初めて私たちは「同じ思い、同じ愛、心と思いを一つにさせること」ができるのです。このようにしてわたしたちが一つとなっていることが、パウロの喜びであったのです。(2:2)

2.利己心と虚栄心を捨ててへりくだる

教会内部の問題としましては、2:3に述べられています。それは、クリスチャンの心の中にある利己心と虚栄心です。こう述べています。「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分より優れた者と考え、めいめい自分のことだけではなく、他人のことにも注意を払いなさい。互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられるものです。」(2:3~5)

クリスチャンになってもなお私たちを悩まし続けているもの、それは自分内にある「利己心」と「虚栄心」です。利己心(英語=selfish ambition)とは「自分だけの利益を求める心」といいます。また虚栄心(vein conceit)とは「うわべだけを良く見せて見栄を張る心」と国語辞典にありました。「クリスチャンになったんだから、そんなこの世の人の持っているような気持ちを持たないわ」と言える人はおそらくいないでしょう。信仰生活が長くなればなるほど、見栄や虚栄心が出て来るものです。それは教会にはいろんな人がいますから、どうしても比較や競争と言った肉的な思いが生じて来ることによります。

つまり自分のためにばっかりするのではなく、また自分が褒められようとして表面的なうわべだけの奉仕をするのではなく、他人のことにも気を配りなさいということです。「めいめい自分のことだけではなく、他人のことにも注意を払いなさい。」と言っています。自分のことだけ関心を持たないで、他人の関心にも注意してあげなさいと言っています。「他人のことにも」とあります。つまり自分のことだけではなく、他人のことにも半分くらい、ちょっとでいいから関心を持ってあげなさいということです。

自分のことをかまわないで他人のことばっかり関心を持っているのも、ちょっと他人依存症のような気がします。そうではなく、自分のことにも注意を払ってもいですが、半分、一割くらいはちょっと他人の趣味にも、心を寄せてもいいのではないですかという感じで勧めています。英語では、Each of you should look not only to your own interests, but also to the interests of others となっています。自分自身の趣味だけではなく、他の人の趣味に注意を払ってあげなさいということです。ちょっと他の人に関心を持って、注意を払ってあげるだけでいいのです。

3.キリストのへりくだりと従順を模範として

キリストは神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿であらわれ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と公に宣べて、父である神をたたえるのです。」(2:6~11)

この私たちが目的とし手本とする神様は、そこに七つの特徴が述べられています。1.「神と等しい者であることに固執しない方」です。2.「御自分を無にされる方」です。3.「僕=奴隷の身分になられたお方」4.「人間と同じ者になられた方」です。5.「人間の姿で現われた方」です。6.「へりくだられたお方」です。7.「十字架の死に至るまで神様に従順であられたお方」です。この七つの性質を持ったお方です。これが、わたしたちが主とする神様です。このお方の言葉、態度、行動をわたしたちは見習いたいものです。

キリストはわたしたちのために、父のもとを離れました。キリストはわたしたちのために自分を神と等しい者とはされませんでした。キリストは貧しい女マリヤの胎に宿られました。キリストは立派な産院ではなく、馬小屋で生まれました。キリストは自分を空しい者として下さいました。自分を奴隷と同じ立場に置かれました。キリストはわたしたちの足を洗って下さいました。

キリストはわたしたちと同じ肉体を取って、わたしたちの苦しみを共に担ってくださいました。キリストはわたしたちの罪のために十字架を背負って下さいました。キリストは茨の冠をかぶり、背中に鞭を受けて下さいました。キリストはわたしたちの罪のために身代わりに、肉を裂き、血を流して下さいました。キリストはわたしたちの罪のゆえにその罰を代わりに受けて下さいました。キリストは、わたしたちの罪の身代わりに死んでくださいました。

これがわたしたちの救い主イエス・キリスト様です。そしてわたしたちの人生の模範ともなって下さったのです。自分でキリストのように生きることはできません。でも、大事なことはこのお方を信じて、心の内に受け入れることです。このお方を心に受け入れて信じるならば、この方がわたしの人生の主となってくださり、利己心と虚栄心の塊のような罪の私でも、主の憐れみによって生かして用いて下さるのです。

そして御子が御自分をへりくだらせて、十字架の死に至るまで御父に従順に従いましたので、神は御子を死人の中から甦らせて下さいました。そして「神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名を与えて下さいました。」それはイエスは「主なり」という名です。(2:9、11)主はご自身を十字架の上まで低くされ、へりくだり、御父に従順に従いました。それ故に、再び高く上げられたのです。へりくだる信仰、神に従う信仰です。そこにこそ教会の真の力と命があるのです。わたしたちの目標です。へりくだる生き方です。そこにこそ、教会の真の一致が形造られるのです。教会形成が出来て来るのです。

ですからパウロは最後にこう言っています。「こうして天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、すべての舌が、『イエスキリストは主である』と公に行って、父である神をたたえるのです。」(2:10)と。すべての舌がキリストをたたえるのです。人間は舌のなのです。

よく軍隊では、敵国のことを散々悪く言います。悪口やののしる言葉の訓練をしてから、派遣するそうです。そうすると敵兵を殺すことができます。舌が先なのです。キリストは肉となって来られた、神様からの愛の言葉、メッセージなのです。「へりくだって、互いに相手を自分より優れた者と考え、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。」(2:3~4)この言葉を合言葉にして、キリストを目指して心を一つにして歩んで行きましょう

powered by Quick Homepage Maker 4.50
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional