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キリストの体なる教会 (使徒言行録2:40~47)

メッセージ

2011年5月29日冨里教会
キリストの体なる教会」
(使徒言行録2:40~47)
1.教会の四つの基本的な要素

使徒言行録の2章40節からを少し読んでみます。
「ペテロは、この他にもいろいろ話をして、力強く証しをし、『邪悪なこの時代から救われなさい』と勧めていた。ペテロの言葉を受け入れた人々は洗礼(バプテスマ)を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。すべての人に恐れが生じた。使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行なわれていたのである。」(使徒言行録2:40~43)

A)弟子の十字架

まず、第一は「使徒の教え」を守りました。二つ目は、「相互の交わりとパン裂き」がありました。これはイエス様が残された儀式ですが、みんなで食事をして交流をしながら、主の晩餐式も行ないました。そして第三は「祈り」でした。第四は、「不思議な業としるし」が行なわれ、未信者への伝道がなされました。この四つの要素が、教会の基本的な働きです。

つまり、「使徒の教え」というのは、使徒達が書き残した文書、即ち新約聖書を学ぶということですから、これは「聖書の御言葉を学ぶ」ということです。相互の交わりは「交わり」です。祈りは「祈り」です。そして「不思議な業としるし」は周囲への「伝道」です。これは、皆さんも知っているとおり、「弟子の十字架」ですね。(図を示して説明する。)下ヘ向う矢印の線が「教えと御言葉」、上へ向かう線が「祈り」、横へ向う矢印の線が「交わり」と「伝道」です。この四つの要素が、私たちの教会の集会に常にバランスよく配分されていることが大切です。

B)パンを裂くということ

特に、この中の「パンを裂くこと」という言葉が出てきていますが、これは、イエス様が残して下さった今日の「主の晩餐式」という大切な礼典です。私たちの教会では月に一度行なっていますが、カトリック教会ではミサ(聖体拝領)といって、何度も行ないます。パンはイエス・キリストの体を意味しています。ぶどう酒は十字架で流された主の血潮を意味しています。ですから、この「パン裂き」という儀式を行なうことによって、いつもイエス・キリストの体であるパンを食べて、皆が一つの体にあずかっているということを思い起こします。また、新しい契約である罪の赦しを与える杯に預かることによって、主の十字架の贖いのみ業を思い起こし、罪の悔い改めと感謝を持ってこれにあずかります。

ですから、「相互の交わり」とは言っても、私たちの楽しい食事会やリクリエーションの時だけではなく、本質的にはイエス・キリストとの交わりを基本とした信徒同士の交わりなのです。そこをしっかりと押さえて置かないと、教会の交わりが単なるピクニックや同好会の気の合った仲間の交わりになってしまいますので、十分に注意する必要があります。この、イエス・キリストとの一体感が、教会員同士の信仰生活の中にも、さらに具体的に生かされていました。それが、次の聖書箇所に書かれてあります。

3.生の全領域における信仰生活

使徒言行録2:44から読んでみましょう。
「信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおの必要に応じて、皆がそれを分け合った。そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。」とあります。
(2:44~47)
この中で、初代教会の特徴として、三つの言葉に注目してみたいと思います。一つは「心を一つにして」という言葉、二つ目は「神殿に参る」という言葉、そして三つ目は「家ごとに」という言葉です。

A) 信徒の一体感

この信徒の一体感が、この聖書箇所に色濃く出ています。例えば、「信者たちは皆一つになって」とか「すべての物を共有し」「皆がそれを分け合った」という言葉です。さらに「毎日ひたすら心を一つにして」「家ごとに集まって」「一緒に食事をした」。そして「日々仲間を加えて一つにした」とあります。「一緒」とか「一つ」という言葉が何度も出てきています。私たちの教会にもこの一体感はあります。他の教会にはない、いいものを皆さんは持っておられますし、それを大事にする必要があります。

どこからこの一体感が、生じて来るのでしょうか。そして、今日の日本の教会とどこが違うのか考えてみました。それは、信仰生活の場が根本的に違うのではないかと思いました。つまり、当時は、神殿にも祈りに行きましたが、何よりも家毎に集まっていたということではないでしょうか。神殿と家との両方が彼らの信仰生活の場でした。

B)神殿に参る

二番目に、「毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り」とあります。「毎日」「ひたすら」「心を一つにして」と三つの言葉が続けられています。何をしに神殿に行くのでしょうか。その答えが、次の3:1に出ています。「ペテロとヨハネが、午後三時の祈りの時に神殿に上って行った。」とあります。当時は、祈るためにわざわざ神殿に行きました。今でも、エルサレムに行きますと、熱心なユダヤ教徒が三々五々連れ立って、近くのユダヤ教のシナゴーグ(会堂)に祈るために行く姿を見かけます。おそらく、当時もクリスチャンは時間を決めて、神殿に行って祈ろうと声を掛け合っていたかもしれません。神殿は祈りの場所だったのです。

私たちの教会でも、水曜日は祈りの日となっていまして、朝の十時半と夜の七時半に皆さん祈るために集まって来てくださいます。教会によっては、毎朝、6時から早天祈祷会を持っている教会もあります。ともかく、皆さんが毎日、ひたすら、心を一つにして祈っていました。教会に集まって、共に心を一つにして祈るということです。また、どうしてもこれない時には、それぞれの家々で、祈りの時間をもつことも神殿に行って祈りをすることになるのではないでしょうか。私たちも、教会であるいは家で、「毎日、ひたすら、心を一つにして」祈って行きたいものです。

C)家ごとに集まって

最後に、一番当時の教会と今日の日本の教会の違いはどこにあるかというと、私は46節の後半の「家ごとに集まって、パンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をしていた」ということではないかと思います。つまり、家ごとに集まっていたというのです。そしてそこでは今でいう主の晩餐式が守られ、一緒に食事をし、讃美歌も歌っておりました。もちろん、そこには聖書の教えもあり、祈りもありました。彼らの信仰生活の場は、家々だったのです。神殿は、今日でいうお寺や神社みたいな場所で、誰でも自由に行って境内で祈っていました。でも、信仰生活の場は、家庭にあったのです。いや、教えを学んだり、食事をしたり、賛美をしたりできるのは家でしか出来なかったといっても良いのではないでしょうか。

私はこれが、日本の教会に欠けている点ではないかと思いました。なぜかと言いますと、アメリカから宣教師が来て日本伝道をした時に、アメリカの信徒の方々から多くの献金が捧げられ、あちこちに教会堂が建てられました。バプテスト教会の場合も、戦後、「教会堂と牧師館と牧師」の三点セットで県庁所在地を中心にして伝道が進められました。御蔭さまで、今日、日本のあちこちに300以上のバプテスト連盟の教会が建てられて伝道しております。

その後、伝道が停滞して、かつてのような爆発的な発展が見えられなくなりました。いやむしろ、最近ではどこの教派の教会も伸び悩み、撤退や閉鎖する教会が多くなってきています。あの初代教会のときのような、福音の力、信仰の喜びが消えかかってきつつあるような気がしてなりません。私は、それはやはり「生活の全領域」での信仰生活が持てなくなってきていることの結果ではないかと思います。つまり、家を中心に集まることがなくなってきているためではないかと思います。ここに、日本の伝道の弱さがあるような気がします。先に建物が来てしまったということです。

神殿に祈るために行くことはありますが、家々での集まりが弱いということです。誰かが、急病で近所にも知り合いがいない時、やはり助けになるのは信仰の仲間です。それも、牧師よりは信徒の方が気楽に頼めるのではないでしょうか。でも、どこに住んでいるのか家を知らなければ行きようがありません。どんな家族がいるのか解らなければ祈りようがありません。病気、夫婦喧嘩、事故、災難、家族の危機を、一体誰が共有し、誰が助けるのでしょうか。

そして、そこでは特別変わったことをしているわけではありません。集まって、パン裂きをしながら食事をし、神様を賛美していました。そうしたら、そこに神様が毎日、救われる仲間を与えて下さったのです。聖書には、家で賛美をしていると、町内の人からも良く思われ、神様が救われる人々を仲間に加えて下さった。」とあります。私たちが心を一つにして集まっているところに、賛美をしているところに、必ず神様が新しい人を加えて下さいます。これは事実です。そのためには、週一回の礼拝の時だけではなく、家庭でも集まってじっくりと信仰を語り合い、祈りあってゆけたらと願っています。

最後にもう一度、今日の聖書の御言葉を読んで終わりたいと思います。
「そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家毎に集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。」(2:46~47)               (岡田久)

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