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イエスの誕生 (ルカ2:1~21)

メッセージ
2017年12月24日富里キリスト教会

        「イエスの誕生」
                      (ルカ2:1~21)

1.宿屋には泊まる場所がなかった

「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉おけに寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」(ルカ2:1~7)

今まで見てきましたように、マリアとヨセフは婚約していましたが、二人がまだ一緒に生活しないうちに、マリアが聖霊によって身ごもりました。ヨセフは一時は離婚も考えましたが、天使のお告げによって、マリアとの婚約解消をしませんでした。そして、夫婦として自分の出身地でありますダビデの町、ベツレヘムまでやって来ました。当時は、いいなずけという婚約関係は、すでに法律上は立派な夫婦として登録されていました。ただ1年間は住まいを別にして、晴れて結婚するまで教育訓練の時として過ごしていました。そういう時に、マリアに起こった突然の事件でした。でも、二人とも信仰を持ってこの出来事を捉えて、実際に結婚するまでは、夫婦の関係を持つことはありませんでした。

その二人が、はるばるナザレの町からベツレヘムまで約120キロの距離を旅してきたのです。ベツレヘムの町は、ダビデの家系の親戚縁者の人々でごった返していました。お腹が大きくなっていた妻の姿を見てかどうか分かりませんが、彼らに宿を貸す人はいませんでした。そしてマリアは、身重の体を休めるきれいなベッドもない、馬小屋といいますか家畜小屋で宿をとらざるを得ませんでした。

あんなにイスラエルが待ち望んだメシアとその母が、自分の町に来たのに誰も気がつきませんでした。また今にも出産しそうなマリアを気遣って、宿を貸してあげる人もいませんでした。そしてとうとうマリアは、ベツレヘムの町で出産を迎えたのです。「ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉おけに寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」(2:6~7)とあります。

ここにすでに救い主イエスの運命と言いますか、メシアの使命が示されているような気がします。あんなにユダヤ人が何千年もかけて待ち望んでいたメシアが来たのです。イザヤが預言した罪を贖ってくださる神の苦難の僕が来られたのです。またヨブが待ち望んだ神と人間との仲介者が、ついにやっと来てくださったのです。そのお方が来られたのならば、イスラエルの民はこぞって、その到来を歓迎してもいいはずでした。でも誰も気がつかなかったのです。ごくごく限られた人々しか、メシアの到来に気づいた者はいませんでした。

この誕生の場面からして、救い主キリストの運命が物語られているような気がします。つまり、キリストは、ご自分の体を飼い葉桶の中に横たわらせたということは、自ら、そのような汚れたところに身を置かれたということです。キリストがこの世に来られたのは、きれいな心ではないのです。汚れた心、真っ黒な心の中に来てくださったということです。
そこしかなかったという状況でしたが、それは御父のみ心でもあったのです。いわば、この飼い葉桶といいますのは、わたし達の心を表しています。幼子キリスト、かわいいかわいいみどりごイエス・キリストは、わたし達のこの汚れた心、貧しい心、病める心、痛みを持った心に来てくださったということを意味しています。

一番忙しくしていた宿屋の主人の心には入れなかったのです。また、あのヘロデ王のように、自分を王として自分を誇り高ぶっている人の心にも入ることはできませんでした。いやむしろそういう人は、この幼子である方を殺そうとさえしました。皆さんの心は今どんな心ですか。忙しい心ですか、自分を第一と考えている王様の心ですか、あるいは飼い葉桶のように貧しい、汚れた心ですか。キリストは自分の罪、自分の汚れ、自分の弱さ、自分の限界というものを知っている人の心に来てくださったのです。

When Mary and Joseph and Jesus came to the Bethlehem, there was no room for them. Because the people of the town were very busy for inviting many people who belongs to the house of David. So they have to a space in the livestock hut .And there ,Mary gave birth to a kid and placed him in the manger. Jesus was born in the manger .Do you know the manger ,that is a dirty and unsanitary container that is a livestock feeding box. How do you feel and think about you were born in a manger. That was a only way for Jesus as he came from heaven and had a flesh. He came to us to redeem our sin and our dirt. What kind of the heart do you have? Clean heart or perfect heart or prideful heart or dirty and sinful heart ? Jesus came to the sinful heart and dirty heart to redeem your sins and your failure. That is the only joy that christian have.

2.羊飼いの信仰

このイエス様の家畜小屋での誕生と、飼い葉桶に寝かせられたという出来事を、さらに証明する出来事が、次の羊飼いのお話です。羊飼いの物語は、御子は汚れた心、穢れた心、自分の罪や弱さや醜さに悩んでいる人の心の中に、まず第一に入ってくださるという事実をさらに証明しています。

「その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。『恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなた方のために救い主がお生まれになった。この方こそメシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」(ルカ2:8~12)

バスでイスラエルの荒野を走っていましたら、ガイドさんが「右側に羊飼いが見えます。」とアナウンスしてくださいました。窓から見てみましたが、人影が見えません。確かに羊は野原に転々と点在しているのが見えましたが、どこに羊飼いがいるのか分かりませんでした。そしてよく目を凝らしてみてみますと、羊のような汚れた服を着た人が立っているのが見えました。でも羊と見分けがつかないくらい汚れているのです。ちょっと、クリスマスの降誕劇や映画なんかで見た羊飼いとは全く様子が違っていました。

そうなんです、イスラエルでは、羊飼いというのは最低の人々でした。何日も羊と一緒に草を求めて旅をしています。お風呂にも入っていません。手も洗っていません。羊と同じような家畜のにおいがします。真冬でも家を持たずに、野宿生活をしているのです。もちろん、安息日にユダヤ人が守るべき宗教行事もしません。そして何よりも、この住民登録をしなければならないという皇帝の勅令が下っているにもかかわらず、自分の出身地にも帰ることはありません。いわば人口調査や住民登録にも入らないような人々だったのです。数に数えられない最低の階層の人々だったのです。

そういう貧しい、最低の人々のところに御子の誕生の知らせが届けられました。これが「飼い葉桶の中に寝かせられた」という、イエス・キリストのメッセージだったのではないでしょうか。彼らこそ、社会の最下層で数にも入らない見放された人々でした。彼らこそ飼い葉桶のような人々だったのです。そういう人々のところに、キリストは身を横たえてくださったのです。彼らは貧しさの故に、神の哀れみと助けを必要としていました。見放されたからこそ、自分たちに目をかけてくれる人を求めていたのです。そしてやがて来るメシアを待ち望みながら、夜通し羊の番をしていました。

まさに心も生活も貧しい人々でした。社会の底辺で苦しんでいる人々でした。神様の正義を求めている人々でした。「神様、なぜわたしたちはこのような生活をしなければならないのですか。住民登録さえさせてもらえないホームレスのような状態なのですか?」と主に叫んでいる人々でした。他のユダヤ人からは差別され、迫害の中にある人々でした。そういう人の心に主か来て下さり、メッセージを届けてくださったのです。「今日ダビデの町で、あなた方のために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝かせている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」(2:11から12)と。

羊飼いに与えられたしるしは「飼い葉桶の中の乳飲み子」です。彼らは、本当だろうか、メシアがそんな飼い葉桶なんかにいるだろうかと不思議に思ったかもしれません。そして彼らは、その飼い葉桶の乳飲み子を見つけるために、急いでベツレヘムの村へ行きました。そして片っ端から家畜小屋を探して、ようやくこの幼子を見つけたのです。彼らはもうびっくりするやら驚くやらして、この乳飲み子をまじまじと見つめたのではないでしょうか。「これがキリスト様か。神様ありがとうございます。こんな貧しいわたしたちに最初に御子のお誕生を教えてくださって。」と感謝したのではないでしょうか。彼らは、この子の誕生を人々に告げ知らせました。羊飼いたちは、本当に天使が話したとおりだったことを知って、神をあがめ讃美をしながら帰って行ったのです。

The shepherd who had been in the field heard the voice of angels “Today in the town of David A savior has been born to you. He is Christ the Lord!”.After they heard the voice of angels,they went to the town of Bethlehem and found out the baby in a manger. They worshiped the baby and and told the good news to the people around the town. They have been filled with the joy as they have seen the baby in a manger just as the angel told them. What the shepherd have been glad seeing the baby in the manger is that the Savior came to the poor heart and sinful heart to redeem their sins. Shepherd was the poorest class in the society. They realized the Savior just came to them. They have seen and understood the true God's saving plane . So they filled with joy and could not stop to proclaim the good news to the world. The baby from God has been in the manger not in the soft bed in the palace. They had a conviction that the savior just came to them and to those who had a poor heart and sinful heart. Please ask Jesus “Come to me I am a manger poor and sinful man ,I need you .”Please surrender yourself as you are.

  

あの汚れた家畜のにおいがする飼い葉桶の中に来られたということが、どんなにか貧しい底辺の人々を慰め励ましたことでしょう。まさに私たちのために来てくださったという実感と確信を、彼らは持ったのではないでしょうか。飼い葉桶の中のキリストこそ、まさに彼らのためにキリストだったのです。飼い葉桶のキリストは、飼い葉桶のような心の人でなければ分からないメッセージを含んでいたのです。皆さんの心は、どんな心ですか?イエス様が入る余地がありますでしょうか。

もし今日、みなさんが「イエス様、どうぞこんな罪に穢れた心ですが、わたしのところに来てくださいと祈るならば、御子は今日あなたの心に来てくださいます。あなたの心の中に新しい命として生まれてくださいます。あるがままの自分で、主を見上げるとき、主は喜んであなたの心に宿ってくださいます。今日がそのときです。小林兄弟のように、子供のように無心になって、自分の弱さや限界を認めるならば、そこに御子は来て下さるのです。

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